クリスタルチルドレンの次男が羽ばたく~不登校を乗り越えて

次男は今、タイに一人で行っている。
6月に北海道旅行に
一人旅に出た時も
私は次男と何度も何度も
話し合った。
「本当にその旅行に行くことが
あなたのハートの真の願いなの?」
次男は中学3年生で
不登校という3年近くに渡る
彼の選んだ一つの選択肢から
「復学」という新しい扉を開けてから
ひたすら走りつづけている。
まるで僕が不登校を選んで
家に引きこもったのは
そのための「休息」が
必要だったんだよと
言わんばかりに。
すでに中3の高校を決定する
保護者面談の時に
次男の意識は高校ではなく
家庭を持った自分の将来像を
頭に浮かべながら先生と
嬉しそうに話していた。
「クリスタルチルドレン」。
その言葉を聞いた時に
私の中で抱いていた
次男のイメージと
ぴったり重なり合うのを
感じた。
なぜなら次男は
生まれた時から
私たち両親にはまるで似ていない
地上の天使という
名にふさわしい
実に美しい子供だったからだ。
あの時から
私は次男を世間の守り抜くことが
私の聖なる使命だと感じ
全力で疾走して来た。

次男とタイ旅行に行くかどうか
話し合った時に
次男は瞳を輝かしながら言った。
「もし僕が貴族に生まれ
莫大な富に恵まれていたなら
僕は世界中を旅する
冒険家になっていただろう」
私が気になっていたのは
次男が時折、見せる
「僕は完璧ではない」という
欠乏の感情だった。
その感情が生まれたのも
もちろん私たち両親が
彼のハートを傷つけたことを
深く自負している。
父親は生まれた時から
天真爛漫の次男に
冷たく当たることがあった。
新潟県から大阪に帰省する時に
長時間のドライブで
唯一楽しみにしていた
高速インターのお土産屋さんに
立ち寄った時のことだ。
まだ3才だった次男は
刀の形のキーホルダーを
買って欲しいと駄々をこねていた。
「そんな甘えは許さない」と
泣き叫ぶ次男を父親が叱咤し
車に連れ帰ったことがあった。
私はこの子の心に
絶対に傷を残してはいけない、と
内緒でそのキーホルダーを買い、
泣きじゃくる次男の手に
後部座席でそっと手渡したことを
今でも覚えている。
そんな全力で次男を
守りつづけた母親の心に
「魂の伴侶」という
別の存在が住み出した時に
次男は心から
傷ついたのだと思う。
私はあの頃
自分を自分で支えられないほどに
ズタズタに傷ついていた。
魂の伴侶の出逢いと別れは
私をジェットコースターのように
一度は至福の世界へと救い上げ
次に奈落の底にまで
突き落としたからだ。
ただ分かるのは
そこまでの心の痛みが
私の人生に訪れなければ
私が決してヒーリングの扉を開き
天使と会話するという
人生を歩むことはなかったことだ。
壮絶な胸の苦しみから
逃れるために
私は天使の世界へと
足を踏み入れたのだ。

私の人生に訪れた
ターニングポイント、
「魂の伴侶」との出逢いと別れにより
私の最愛の子供たちにも
大きな影響を与えたことを
私は深く自覚している。
あの頃、決して認めたくなかった
現実を受け入れ、私は真摯に
自分の子供たちと向き合って来た。
だから魂の伴侶との別離のあと
ヒーリングの勉強も兼ねて
ハワイ、宮古島、アメリカ・セドナ、
福岡と飛び回っていた私も
次男の不登校という
絶対に目を背けられない現実に
向き合うために、すべてを手放し
家族に尽くしつづけて来た。
私はすっかり変わった。
もう外側になにかを
探し出すのはやめたからだ。
ヒーリングの愛の光で
心が癒やされるたびに
意識は自分の内へ内へと向かい、
ただ子供たちを守ることだけに
全力を注いだ。
それが魂の喜びだった。
ヒーリングの力により
「私の最愛の子供たちの
天使の翼を広げ
大空に飛び立たせる」という
母としての聖なる使命が
発動したのだ。
だから
子供たちのインナーチャイルドの
叫びに気づくたびに耳を傾け
ヒーリングを施し
癒やしつづけて来たのである。

次男の人生に真摯に
寄り添うために
今回のタイ旅行を決断する時も
二人で夜更けまで話し合った。
時折、次男の見せる
「僕は完璧じゃない」という
心の叫びは
「僕はありのままに
愛されたかった」という
次男のインナーチャイルドの
悲しみの表れだった。
もし彼の心の中に
その欠乏の感情が残されているのならば
かつての私のように
人は自分の世界の外側へと
意識が傾く。
現実逃避という形で。
さ迷い歩くのだ。
でも次男は話し合いを
重ねるたびに
自分の将来の夢を語り
自分がなにを大学で学び
なにを成し遂げたいのかを
明確に指し示してくれた。
彼の夢は
ハイヤーセルフの声だった。
その切実な想いに
私のハートも揺り動かされていく。

問題は資金だった。
彼の父親、つまり私の元夫は
自分が大学時代に
与えられた境遇と同じものを
子供たちに望んだ。
つまり父親が子供たちに
経済的援助として差し出すのは
大学の学費と
大学までの交通費だけだった。
家で読書してゲームして
サークルにも入らず
大学の往復だけの長男は
塾で子供たちに勉強を教える
週3回のバイトでまかなえたが
次男はそうはいかなかった。
私のように繊細のエネルギーを持つ
クリスタルチルドレンの次男が
大学に入学後、自分と他人の違いを
知るに連れ苦しみ、
その結果、出した答えは
「美しい自然。文化にふれ
世界中を旅すること」だった。
彼なりに活路を見出したのだ。
ただ、それには資金が必要だった。
昨年は私が保育園の仕事に加え
ヒーリングの仕事も軌道に乗り
援助しつづけた。
ただ、昨年暮れに
私はクライアントとの間で
私自身のハートに大きな傷を負い
今は単発の個人セッション以外
天使の学校はお休みしている。
大天使ミカエルは何度も私に言った。
「今はあなたのハートが
癒えるのを待つのです」
でも私は待っていられなかった。
次男は毎日、個人塾で教え
大手予備校の事務のアルバイトをして
週末は一日中バイトに出かける。
理系の勉強は忙しく
来年か再来年に海外への交換留学を
夢見る次男にとって
時間とは瞬く間に過ぎ行くものだった。
サークルにも行かず
勉強、バイト、旅行と
まるでサラリーマンのように
慌ただしく毎日を
送っている次男を見ると
私もなにかしなければ、と
追い立てられていく。

ヒーリングの仕事以外に
なにか新しい仕事を見つけようと
動き出した時に
やはり私は地上の天使と呼べる
「子供」に関わることが
私の聖なる使命の一つだと感じた。
子供は私に出会うと
誰もが心を開いて
すぐに友達になれる。
意志を固め、4年前に手放した
ベビーシッターの仕事を
再開することにした。
2社にしぼり
Zoomを通しての面談、
オンラインでの勉強を通し
2社とも合格した。
8月はベビーシッターの
会社の研修動画を見て、学び
ホームページ上のプロフィール作成等の
作業に追われた。
市の自治体にも
「認可外保育設置届」を提出し
いよいよ仕事が始まる。

いつだって私は
自分の目の前にある現実に立ち向かい
道を切り開いて来た。
2014年、新年が明けて
私は悲しみの淵にいた。
自分の歩く行き先が分からず
ネットオークションに
はまっていた。
10年後の2024年、新年早々から
私は心傷つき、不安と恐れに
おののきながら家族に助けられ
大天使ミカエルの導きのもと
光の世界へと光の世界へと
浮上して来た。
10年前と違うのは
あの時は魂の伴侶に助けられ
私は彼によりかかることしか
できなかったが
最愛の人との別れが
私をより気高く、より美しい
地上の女神として
よみがえらせてくれた。
今、私のかたわらには
大天使ミカエルがいた。
時折、聖母マリア様も
私を優しく包んでくれる。
なにかあれば
大天使ミカエルに相談した。
あまりの心の痛みに
大天使ミカエルと
チャネリングできないほど
動揺している時は
家族が寄り添ってくれた。
そう、私は常に
加護されていた。
だからこそ
自分の守るべき
最愛の二人の子供たちのために
命をかけれるのだ。
はるきもなおやも
ただ、ただ、愛おしかった。
愛してる。
愛してる。

今だから分かる。
なぜ魂の伴侶と私が愛し合いながらも
「別離」という苦渋の選択を
受け入れられたのかを。
私たちには
守るべき子供たちがいた。
今、子供たちは
花開いていく。
二人とも成人となり
私とはまるで別の世界を
それぞれの力で切り開いている。
その輝きを見守るのが
嬉しかった。
誇らしかった。
本当にありがとう。
私は今、心から幸せだ。
明日、次男はタイから
帰国する。
来年の2月のエジプト旅行計画、
交換留学のための英語の勉強、
彼をとりまく環境が
すべてスムーズに進むよう
全力でサポートしていく。
そして最愛の長男とは
できるかぎり時間を見つけては
二人で出かける。
まだまだ
私にはやるべきことがある。
聖なる使命を全うするために
今日も明日も
全力で走りつづけていく。

